第56章 事件
「よほどの存在なんだな、君にとってリヴァイは。」
「―――――はい。」
「リヴァイにとってもまた、そうなのだろう。」
「―――――………。」
「でも、だからと言って俺はこんな好機をみすみす逃すほどお人好しでもない。」
エルヴィン団長がニヤリと笑った。
私は思わず目を逸らした。
目を合わせるだけで、私の体内に仕込まれた毒が、甘くじわじわと広がるような気がして、怖かったんだ。
「常套句で言うなら、『俺が忘れさせてやる』というところかな。」
余裕たっぷりに適切な口説き文句を選ぼうとするのが嫌だった。フイッと顔を背けて可愛くない事を言う。
「他の女性に使った言葉を使いまわすなんて、失礼です。」
「―――――相変わらず手厳しいね。」
エルヴィン団長はくっくっくと小さく笑う。その笑顔がいつもよりとても幼く見えて、気を許してしまいそうになる。
「―――――で、答えは?」
「―――――今はまだ、エルヴィン団長の隣に並ぶだけの力もなにもない私ですが―――――………これからもっと強く、頼もしくなれるよう努力します。だから―――――この世界の真理を、外の世界の証明をする未来を、一緒に歩かせてください。」
自分なりの決意を、エルヴィン団長をまっすぐに見つめて伝える。
「ははっ、すごく真面目な返答だな。」
「えっ、何か変ですか……。」
すごく真面目にこれからのことを考えての決断だったのに。
エルヴィン団長はははっと眉を下げておかしそうに笑った。
そしてまた、いつものごとく私を手招いて自分の間合いに誘う。どうしよう、と警戒するけれど、一緒に歩きたいと言った手前、拒むのもおかしいか……などと色々と考えながら、ソファから立ち上がって恐る恐るエルヴィン団長に近づいた。
その手が届く距離に寄ると、私の手首を大きな手が掴んだ。私を見上げるその蒼に一瞬の情欲の炎が揺れる。
「―――――きゃ、っ………?」