第56章 事件
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汗ばむほどの陽気が続くようになってきた。
日が長くなったことで、外で個人練習ができる時間も少し増えた。
「―――――ナナ、今日はもうこの辺にしといたら?」
「……っまだ、もう少しだけ……っ、お願い、リンファ………。」
夕日が私たちを照らして、長い影を作る。
夕日の朱に染まる訓練場で、柱に括りつけた真綿の塊をブレードで切り付ける。
絶対的に力が足りず、一度も削ぎ切れたことがない。むしろブレードを握る手の方が、擦り切れて血が滲みだした。
「―――――血が出てる。無理は良くない。」
リンファに訓練の続行を制され、仕方なくブレードを離した。
勧誘行脚の最終日、些細なすれ違いから初めて喧嘩らしい喧嘩をしたあと、リンファは私を信じられないと言ったことを謝ってくれたけれど、リヴァイさんの手を離した私を理解できない様子は健在だった。
それでもなんとか受け止め、今までと同じようにこうして私の我儘に付き合ってくれている。
「――――今日もありがとう。」
「いや。明日はちょっと時間が取れそうにないから、他の奴に頼んでね。」
「うん、ペトラに頼んでみる。」
あれからサッシュさんとリンファの関係性は目に見えて変わるのかと思いきや、相変わらずつるんでいるものの、悪態をつき合っている。
でもサッシュさんがリンファに向ける目がとても優しいから、この二人はきっともう大丈夫なんだと、そう思えた。
「――――ねぇリンファ、サッシュさんが………元気がないような気がするのは、なにかリンファは聞いた………?」
「―――――いや、話さないんだ。」
「そっか………。少し、心配で。」
「うん………。」
「でも、サッシュさんにはリンファがいてくれるから、きっと大丈夫かな。……もし、私に何かできることがあるなら、いつでも言ってね。」
「――――ありがとう、ナナ。」