第56章 事件
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ナナの急な申し出から数日。
空き時間を使って仲間から対人格闘から教わるナナの姿を、団長室から見下ろす。
良家の子女が、まさか投げられ、蹴られ、殴られ、泥まみれになって地面に伏した経験など皆無だろう。
それでも汗を拭いながら何度も何度も立ち上がる姿は、彼女が身も心も一人前の兵士であることを証明しているようだった。
微笑ましく、ただどこかチクリと痛む心に気付かないようにして見守っていると、扉が鳴った。
「――――エルヴィン、俺だ。」
「ああ、どうぞ。」
身支度をしたリヴァイが、出立前の報告に来たようだ。
「―――――これから発つ。」
「ああ、宜しく頼む。」
「ちっ、お前の仕事だろうがよ、資金集めのための豚のご機嫌取りは。」
「仕方ないだろ、先方の希望なんだ。“人類最強のリヴァイ兵士長とぜひお食事がしたい”ってね。―――――噂によれば、その希望を述べている商家のご息女はなかなかの美人らしいぞ?いい雰囲気になっても手は出すなよ。」
「―――――出すわけねぇだろ。………興味ねぇ。」
リヴァイが不機嫌そうに腕を組んだまま歩を進めてくる。私の目線の先を確認したいのか、横に並んだ。
「――――――おい、なんでナナが投げ飛ばされてんだよ。」
「――――――戦えるようになりたいと自ら志願して、今絶賛個人練習中だ。」
「なんだよ、それは………。あいつが戦う必要なんかねぇだろ。」
「―――――お前が守るからか?」