第35章 疫病
日が沈んでから随分経って、姉さんが帰って来た。珍しく、父さんと一緒だ。
「―――――おかえり。父さん、姉さん。」
「ただいま、ロイ。」
「ただいま。」
普通の家では当たり前のようなこのやりとりが、なんだかくすぐったくて照れる。
「おかえりなさいませ。お食事の準備をしますね。」
「―――――あぁ、頼む。」
僕は姉さんの手を軽く引っ張って、別室に連れて行った。
ハルには、来なくていいと言った。
僕が、みっともなく姉さんに訴える姿をあまり見られたくはなかったし――――――なにより、一人で向き合うと、そう決めたから。
姉さんを部屋に連れて行く様子をハルは微笑みながら見守り、小さく『頑張って』と言った。
「どうしたの?ロイ。」
「提案が……あるんだけど。」
「提案?」
「なるべく早く、石鹸とエタノールの増産をかけさせよう。」
「……なに、どういうこと………?」
姉さんをソファに座らせ、詳しく話す。
「姉さんはさ、僕が疫病を生み出そうとしてるって噂、聞いたことある?」
「――――――あ、るわ……少しだけ……。」
姉さんは濃紺の瞳を見開き、不安げな顔をした。
「ああ安心して。それは本当にデマだから。僕の専門分野でもないしね。オーウェンズがこの国の医療を一手に集めたから、面白くない輩が流したんだと思う。僕ごと、オーウェンズを潰す気だったんだろうね。」
「――――――そう、真実じゃないなら良かった………。」
あからさまにふにゃっとした顔で笑う姉さんは、僕の言葉を信じてくれているようだった。
僕は少し勇気が出た。