第33章 宥和
――――――父さんのオーデコロンは、僕にとって特別な香りだ。
父さんが恋しい時は、父の寝室に自分の枕を持って忍び込んでは父のオーデコロンを一吹きして、夜はそれを抱きしめて眠った。そしたら、父さんが帰ってきて僕を抱き上げて、抱きしめてくれるその時の夢を見られるから。
でも、段々わかってきたんだ。
父さんが可愛がっているのは、“僕”じゃなく、“オーウェンズを継ぐ器”だってこと。
姉さんのような異才を持っていないと分かったときの父さんの落胆ぶりは僕の心を抉った。
「――――聞かせてくれ、今まで一度も聞いたことがなかった、お前の本当の望みを。ロイ、お前は何を思って、何を感じて、何をしたい………?」
強く抱きしめられたまま、問の答えを探す。
うまく、父さんを懐柔するには―――――幼気な僕を演出するために、どの顔で、どの言葉を選ぶのが良いのか。
考えているはずなのに、まったくもって言葉が出て来ない。苦しい。
「―――――――殺して欲しい。」
僕自身思いもよらず、出てきた言葉。
「――――――――っ…………。」
「――――――もう、遅いよ。歪んでしまった人格は、もうどうにもならない。姉さんを犯したことも、ハルや母さんを殺そうとしたことも、この身体が汚れきったことも。もう無かったことにはできない。もう疲れた。こんな醜い人間でいることが。」
「駄目だ、それだけは――――――、お前を失いたくない、ロイ…………。信じてもらえないかもしれないが、何度だって言う。お前が大切なんだ。愛しているんだ……だから――――……。」
「僕が苦しみから解放されたいと言っても、結局叶えてはくれないじゃないか。」
父さんは、その皺だらけの顔に涙を流しながら僕を目に映した。
その時、キィ…と扉の開く音がして目をやると、そこには姉さんが立っている。