第32章 佞悪 ※
「―――――ハルが心の底に抱えていた僕への罪悪感を極限まで大きくして、その罪滅ぼしとして得体の知れない薬を毎日飲むように命じた。……さぞ怖かっただろうね。自分の罪と僕の態度から、きっと自分を殺す気だと……自分は毒物を飲んでいるんだと、ハルはそう思い込んだのさ。」
「――――――――…………。」
「僕の実験は、そうだな。『思い込みで人は死ぬか』そんなところかな。」
「……なんて………なんて恐ろしいことを……………。」
「実に興味深かったよ?ハルはみるみる衰弱した。むしろ身体に良いものを飲んでいるにも関わらず、だ。」
ははっと感情の無い笑みを零す弟を見て、血の気が引いた。
無邪気に昆虫を解体する子供のように、ハルの命を奪おうとした―――――――ロイの心の闇は、数日間心を通わせただけで変わるものなんかじゃないのだと思い知った。
「―――――でも結局、ハルは僕よりも姉さんを信頼してるってことだ。僕が時間をかけてハルの意識に刷り込んだ架空の毒物は、姉さんの言葉で本来のビタミン剤に戻ってしまった。――――――ねぇ、また僕より優れていることがわかって―――――――満足?」
「―――――――あなたこそ、ハルの愛情を確かめられて、満足?」
「………っ………。」
私の言葉に、勘に障ったようにロイの眉が一瞬ひそめられ、肩がわずかに震えた。
ロイにとっての母は、お母様じゃない。
きっとハルなんだ。
そのハルが自らの命を懸けてでも自分の言うことに従うのか、試したかったんじゃないだろうか。
愛を求める子供のように。