第30章 公爵
「―――――お嬢様。」
使用人の一人が息を切らして私を呼んだ。
私は濡れたタオルでハルの額を拭きながら目線をやる。
「なに?」
「お客様が―――――、ライオネル公爵家の、ダミアン様がお見えです。」
「え…………?」
ダミアンさんはご尊父が亡くなられ、正式に公爵家の跡を継いだと聞いた。
もはやこの国の中心で政を動かす立場の方が、何用でここへ――――――、私は嫌な予感を抱いたまま、客人の待つ広間へ向かった。
「―――――――あぁ…………ナナさん…………。」
ダミアンさんは広間に姿を現した私を見て、安堵したような微笑みを向けた。私は立ち止まり、きちんと礼をする。
「―――――お久しぶりです、ライオネル公爵。その節は、私のわがままを快くお聞き届けくださり、感謝の言葉もございません。」
壁が崩壊したあの日、ダミアンさんと食事をしていた時、エレンやミカサのところへ……避難所まで連れて行って欲しいと懇願した私の望みを叶えて下さったことに、深く御礼を述べた。ダミアンさんは足早に私のほうへ近づいてくる。
そして私の手をとって、手の甲にキスをした。
「――――――また会えて、夢のようだ。」