第245章 契
――――どれくらいの時間、そうしていただろう。
幸せな時間。
エルヴィンの腕に抱かれて、別々に存在するその身体を寄せ合って一つに融合するみたいな心地だった。
「――――……ん……?」
「どうした?ナナ。」
「………今、呼ばれた気がした。」
「そうか?何も聞こえなかったが。」
「うん………?」
小さな声で、一生懸命私を呼ぶ声がする。
その声に神経を研ぎ澄ませて耳を傾けるように背筋を伸ばして、真っ白に煙る無限の彼方へ目を向けた。
――――もちろんそこには何も、見えない。
だけど確かに聞こえる。
「――――私……行かなきゃ……。」
エルヴィンの腕を解いて、立ち上がった私の腕をまたエルヴィンは強く引いた。見下ろしたエルヴィンのその表情は、縋る子供のようだ。
「――――行かせない。行くな。」
「でも、呼んでる……!」
「行かせたくないんだ。」
「だめ、だってこの声は……!」
エイルが呼んでる。
最愛の娘が呼んでる。
泣いてるの。
行って、抱きしめたい。
「そうだ、エルヴィンも一緒に行けばいいね?」
そう、1人で行かなくても……一緒に行けばいい。
私は両手でエルヴィンの手を取って、体重をかけて彼を立ち上がらせようとぐいぐいと引っ張る。でもエルヴィンは眉を下げて、寂しそうな顔をした。
「俺は行けない。」
「…………どうして………。」
「ずっと待ち続けて、こうしてやっと君を捕まえた。一度抱きしめてしまった君を、もう手放せない。――――誰を悲しませようとも。」
「エルヴィン……。」
「行くな。行かないでくれ……。ここで永遠に、俺の側にいてくれ。ナナ。」