第244章 眠り姫
俺は内ポケットをごそごそと探り、小さな真っ白の小箱を取り出して……中から指輪を取り出した。
その指輪には…ナナのピアスと同じ、ブラックダイヤモンドが埋め込まれている。
これを買った時に宝石商の店主が言ってやがった。
『左手の薬指というのは、心臓に繋がる指だと考えられている。』 と。
――――お前の心臓を不滅の愛で縛る。
その一生を、俺に寄越せ。
そう、意味を込めて、その左手の細く白い薬指に指輪を通した。
翼の日にアイビーが言った “ナナさんを手に入れたいなら、婚約指輪を贈ってプロポーズするといい” という作戦を、最初は受け流そうと思った。
なぜなら俺は、結婚やら夫婦というものがどう在るべきもので、どういう形が正しいのかもわからなかったからだ。形式的なもので縛らなくても、ただナナが笑ってりゃそれで良かった。
だがその後、日に日にエルヴィンに心を向けて翼を預けあう、本物の番のようになっていくナナを見るうちに……柄にもなく、焦った。
なんとかして心の一端を俺の元に縛り付ける最終手段を探して――――、ただの思い付きでこの指輪を買った。
無論エルヴィンのものであるナナに渡せるはずもなく、戸棚の中に眠っていただけだったが。
エルヴィンを失ったナナを再び手に入れて……渡せる間柄になっても今度は……心臓を縛ることを躊躇った。
……外の世界全てが敵だと知って――――……明日の命も知れない中で……惚れた女に一生を捧げさせていいのかと。
俺も前線でいつ死ぬかわからねぇ身で……俺が死んだ後もこの指輪でナナを縛ってしまうなら、そんなことはしない方が良いのだろうと思ったからだ。