第244章 眠り姫
両手をその首に添えて、力を込めれば折れそうな首を……締めようと、したんだ。
今まで何人殺してきた?
殺す事など造作もない、そんな人間だろう俺は。
それにナナがそれを望んだ。
なのに、なぜ。
ぽた、ぽた、ぽたぽたぽた、と………ナナの体にかかるシーツに水滴が落ちる。
苦しい。
嫌だ。
死なせたくなんてない。
本当は……抜け殻であったとしても……ずっと俺の側に在って欲しい……、でも、お前が望むのは―――………
「――――神様、神様……、かみさま………っ………!」
自分の声とは思えないほど情けねぇ声で……生まれて初めて、神に縋るような、そんな言葉を口にした。
神とやらが本当にいるのなら。
――――どうか、どうかエイルに……ナナを、返してやってくれ。
そして……やっと手に入れた誰も殺さなくてもいい世界で……俺がこの手で殺す最後の一人が、ナナだなんて――――
耐えられそうにない。
――――俺にナナを、殺させないでくれ。
俺に今この瞬間だけでいい、ナナを返してくれ。
「―――――ナナ…………ッ…………目を、開けろよ………。俺を――――……助けてくれ…………。」
ナナの体に覆いかぶさるようにして、その体を引き寄せた。間近で見たその顔は、見れば見るほど昔のままで……甘く身体を重ねた後、幸せそうに眠るナナの閉じた瞼も……伏せられた長い睫毛も……今も同じままなのに。
いつも紅く濡れていた唇だけが乾燥してひび割れて……、もうずっとナナの意識がないことを物語っていた。
親指でナナの下唇をそっとなぞる。
――――茨の城で眠り続ける姫を眠りから覚ますのは、俺じゃないとずっと思っていた。
――――だが、お前が俺と生きることを選んだ。
だから――――叶うなら………その命を終わらせる男じゃなく、呼び覚まして共に生きる男でありたい。