第237章 憂悶
「おかあさんにはね、ないとがいるの。」
「……あぁ……。」
あのチビのことか。
悪い目つきでいつだって姉さんの側で周りに目を光らせているあいつは、確かにナイトかもしれない。そこまで徹底してそうさせるのは何なのか、僕にはずっと不思議でならなかった。
社交界でも有名だった男だ。
貴族の女がこぞって人類最強を買ってみたいだの、遊びたいだのクソみたいな話をよく聞いた。調査兵団の兵士長で、まぁチビだけど、まぁそこそこの容姿で、まぁチビだけど、人類最強で……まぁチビだけど……、口も愛想も悪いけど、冷たい奴じゃない。
決して悪い奴じゃなくて……女なんて手頃なのがいくらでも手に入りそうなものなのに。別の男のものになった姉さんをいつまでも側で守る、そんな拷問みたいな立ち位置になぜ甘んじていられたのだろう。
「―――ナイトはね、命をかけて大事なものを守る人のことだ。」
僕が言うと、大きな目を輝かして僕を見た。
その小さな手には大事そうに小さなカードのようなものが握られている。もう随分色褪せてボロボロになった四葉のクローバーの押し花?だろうか……
それが丁寧に張りつけられた――――……栞だ。
絵本に、挟んであったのだろう。
「……すてきね!」
そう言って、ボロボロの栞を嬉しそうに空にかざして眺めている。
なんて健気で、愛らしくて……切ない。
「君のことを、僕も守るよ。」
「うん………。」
父も母も側にいなくて……この子はどんな気持ちだろう。
僕は小さい頃……母さんは物心ついた頃にはいなかったけど、父さんの帰って来る日を心待ちにして過ごせた。姉さんもいつも側にいてくれた。
きゅ、と僕にしがみついたこの子の手はまだ本当に小さくて、――――守ってやりたいと、守ってやらなきゃと、思うんだ。
真っ青な空の下、暖かな木漏れ日が揺れる中で驚くほど僕の心は安定して、強くいられる。何かを守らなきゃという気持ちが、人を強くする。僕はそれを身を持って実感していた。
しばらく柔らかい風が吹くその穏やかな丘陵で、ただ静かに天使と戯れる時間を過ごしていた。
すると、ふと手を止めて彼女は遠くの空に目を向けた。