第237章 憂悶
王都から持って来た数少ないおもちゃの中で、特に大事にしているボロボロの絵本を木陰で読んでいた。ずっと姉さんが読み聞かせていたもので、まだ自分で読んだことはないのだろう。ゆっくりゆっくり一文字ずつ、大切に口に出していく。そしてまだ読めない字があると、指を差して隣に座る僕を見上げる。
「ろいおじさん、これ、なんてよむの?」
「これはね、おうじさま。」
「おうじさまってなに?」
「……なんだろう……。王様の、子供で……。冨と権力と、こういう場合たいてい容姿も整ってて女の人達がこぞって憧れる存在、かな。」
王子様ってなに、と聞かれるととても難しい。なんだろう。上手く説明できている気はしなかった。
案の定僕の天使は唇を尖らして、人差し指を唇に充てながら僕の言葉をなんとか理解しようとしているみたいだ。
そんな仕草すら可愛い。
「ん~~、むずかしい。かっこいい、ひと?」
「そうだね…、あ、そう僕も学校では“王子様みたい”ってよく言われてたよ。」
「そっか!ろいおじさんみたいなすてきなひとが、おうじさまだ!」
「あぁもう可愛い。好き。」
キラキラした目で僕を見上げて、神々しいくらいの笑顔を見せてくれる姪が、僕は愛しくて仕方ない。その小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「……ろい、おじさん。」
「ん?」
「じゃあ……ないと、ってどんなひと?」
「ナイト?」
僕の膝にちょこんと座って、何かを思い出すように空を見上げながらその子は言った。
指を指すその絵本の挿絵には、眠り姫を側で守り続けたナイトの絵が描かれている。なかなかに報われないこのナイトは姫が幼い頃から守り続け、眠りに落ちてからもなお自らの命が尽きるまで姫を守り続けて……眠る姫の横で朽ちていく。そしてさらに長い時を経て、ふらっと訪ねて来た王子のキス一つで目覚める姫。
僕にはとても残酷な話に見える。
ナイトと王子、果たしてどちらが姫を愛していると言えるのか。