第233章 花弁
「………何で?」
「……え?本当にわからないの?ヒッチがあんなにからかってたのに……」
察しの良いアニが、その……僕がアニに、想いを寄せていることに……気付かないはずがない。
ましてや今僕はそれを遠回しにも明らかにしたつもりだった。でもゆっくりと顔を上げた彼女の表情で、僕も察した。
――――その表情は恥ずかしそうで、でもどこか嬉しそうで……頬を染めて、僕が今まで見たどのアニよりも――――……
可愛いと、思った。
「……わからない……。」
「………。」
でもアニはまたすぐにいつもの感情を表に出さない、少しの闇を背負ったような表情に戻ってしまった。
その理由は僕にだってわかる。
「今……世界中で何千何億の人が踏みつぶされてる最中に……私達……何やってんだろうね……。」
「……うん……。」
でも……だからだ。
港から船が離れるその時、駆けつけたナナさんの元に、兵長が駆け出したのを見た。
――――とても階段を駆け下りられるような体の状態じゃなかったのに。
動かずにいられない衝動に駆られたんだ。
――――あの、いつだって冷静で私情を挟まずに課せられた任務を遂行する兵長が。
それはきっとこの世界や、自らの命の限りをより鮮明に、描けてしまう状況だから。
ナナさんもまた……そこが自分の在るべき場所だというように迷いなく兵長の腕に飛び込んで、固くその身体を寄せ合っているのを見て僕は……良かったと、思ったんだ。
兵長があんなにも何かを怖がるように、ナナさんに縋るように……髪の一本まで余すところなく腕に閉じ込めようと強く強く抱きしめたその姿を初めて見た。
これからの戦いに……どれほどの覚悟を持って2人が臨もうとしているのか、その姿を見れば理解できた。
こんな時だから、最期まで後悔せずに想いを伝えたとしても誰も責めない。
――――だから僕も、アニに……一歩、踏み込んだんだ。