第233章 花弁
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無限の空間に連れて行かれていたような感覚だった。だけどそこから、彼女の声で引き戻された。
「もう…怪我は治ったの?」
僕の怪我を気にする前に、アニだって酷い怪我だったはずなのに。アニは今まで見たこともないように小さく膝を抱えて、まるで少女みたいに甲板の隅に座ったまま僕を見上げていた。
「うん……時間があったから……まさか……こんなのんびり過ごすことになるなんて……思いもしなかったよ。」
「……座ったら……どう?」
アニが自分の隣を示した。
僕は僅かな距離を保って、アニの隣に座った。数秒の沈黙の後、アニが口を開く。
「まだ……お礼を言ってなかったと……思って……。」
「え?」
意外な一言に面食らってしまう。
「何年も……私に話しかけてくれて……ありがとう。」
「……あぁ……うん……。」
「寂しくて……気が狂いそうだったから……あんたとヒッチの話だけが楽しみだった……。」
「……アニ。」
アニは目を伏せたまま、僕とは目を合わさずに淡々と感謝の言葉を述べた。僕もなぜか目を合わせるのを躊躇う。
――――とても、気恥しいからだ。
「でも……何で相槌の一つも返さない岩なんかの相手して喋ってたの?」
「え……?」
「もっと……明るくて楽しい子とかいたでしょ……?」
「それは……っ……違うよ……。会いたかったからだ……アニに……。」
意を決して選んだその言葉だったのだけど、アニは少ししてから抱えた膝に顔を埋めてしまった。
――――こんな時に何を言っているのかと、呆れさせてしまったのかもしれない。
けど、アニは小さく、更に僕に問う言葉を呟いた。