第231章 体温
「リヴァイ!いいの?いやいいわけがないでしょ!」
ハンジが取り乱したように、両手で俺の両肩を掴む。
――――知ってた。
こいつも……どれほどナナに救われて、寄りかかって弱みを見せていたか。
大事なはずだ。ナナのことは。
だが言い切れる。
ナナは自分を待つことで全人類を救う術を無くしてしまうなんてことは、絶対に望まない。
――――根っからの、命を尊ぶ人間だ。
「生きてるかもわからねぇ。いつまで待つ?目途すら立てられねぇ。――――それにナナにとっては自分のせいでエレンを止められなくなる事態のほうが辛いはずだ。待たない。出す。」
「――――あなたが……それを……言うんだね。」
「――――……。」
ハンジは掴んでいた俺の肩を放して、深く俯いた。
「それほどの覚悟なら、文句は言うまい。うん。船を出そう。」
ハンジは顔を見られないように視線を伏せたまま、俺に背を向けた。船の大きな汽笛が再び空に響いて、ゆらりと船が動き出した。喉の奥から気管支がひび割れるように、乾いた空気が喉を通る度にひりつくような感覚だった。
「――――ナナ………。」
「――――ナナさんです!!!あれ……っ!!」
俺が呼んだ小さな声の後に、ガビが大声で叫んで甲板から身を乗り出した。
ガビが指差す方向から、深緑のマントをなびかせて馬で駆けて来る姿を見た。俺はガビの横で同じように身を乗り出してそれを凝視した。
フードの隙間から見えた、白銀の髪は……
「――――!!」
「えっちょっとっ……、リヴァイ、そんな急に動いたら……!」
まだふらふらとしか、手すりを持ちながらしか歩くことすらままならなかったのに。
体が勝手に動いた。
気付けばちぎれそうな手足を無理矢理動かして………船へと乗り込むための長い階段を、駆け下りていた。