第217章 傷痍
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夢というものを、俺はあまり見ない。
時折ナナを抱いて眠れば……やけに甘ったるい夢を見ることがあるが。今見ているのは、これは夢か……それとも何か、生と死の狭間でも彷徨っているのか。
クソ……身体を動かそうと思っても動かせねぇ。ただ鉛のように全身が重たくて、指先から錆びてボロボロと朽ちていくような……そんな感覚だ。
だが小さく、声が聞こえた気がした。
――――俺を呼ぶ声。
これは、ナナだ。
なんとかその声をはっきりと聴きたくて耳を澄ませるが、濁流に呑まれたかのような不快な雑音が頭の中に靄をかけているようで、うまく聞こえない。だが右手に温かいものを感じた。温かく小さな手で俺の手が包まれ、なんとかその手を頼りに、ここから抜け出そうと試みた。
しばらくして、体は一向に動かせねぇが、耳が徐々に濁流のような雑音に慣れてきて……ずいぶん周りの音が聞こえるようになった。
「いっそ三人でここで暮らそうか。ねぇ。ナナ。」
それはハンジの声だった。
いつになく静かで……らしくねぇ声だ。この現実から逃避して、逃げ隠れて世界の顛末を他人事のように傍観する。
――――そんなことをてめぇの生意気な補佐官は許さねぇだろうよ。そこにいるはずだ……感じた。手の温もりも、あいつの……ゆっくり静かに鳴る鼓動も。
だがナナの返答は、意外だった。
「――――とても……いい案ですね………。」
泣き出しそうな声で……ナナが言う。逃げたいのか、お前も。この現実から。
それでお前が幸せなら、それも悪くねぇんだろう。
いつか言った……残酷な世界に抗う術も持たず、愛し愛されるだけで……世界が俺達を滅ぼすのならそれに従う。王都の屋敷に閉じこもっていれば、そんな存在にお前はなれたはずなのに。飛び立たずにいられなかったじゃねぇか。
そしてそれは、ハンジも同じだ。
……甘んじて滅びゆくなんざ、到底無理なんだよ、俺達には。
2人の会話が、一時の逃避だということはわかる。悔しくても苦しくても惨めでも……あいつらの心臓に報いるために、進み続ける選択をするだろう。
きっと、こいつらも。