第217章 傷痍
――――そのひと時は、まるで無の世界のようだった。
真っ白な世界に、私と……あなただけ。
――――あぁこの感覚は覚えがある。
エルヴィンの死を、告げられた時と同じ。
開かないその目を見るのも怖くて、動かないその手を取るのも怖くて、私を呼ばないその唇が悲しくて、受け入れられなくて、全ての感覚を……遮断したんだ。
そして彼の体の横に沿うように降ろされた右手を見てまた、心臓へ体中の血液が逆流するかのようにざわめいた。
リヴァイさんの右手の人差し指と中指が……ない。
「―――――………。」
雷槍の爆発で……指もろとも、吹き飛ばされたんだ……。
「止血……っ……!」
ハンジさんが応急的処置はして下さっているようだ。でも、もう随分と傷口が雨水に晒されて……血が、止まらない。このあたりにまともな清潔な布すらなくて……私は着ていたシャツの裾を割いて、指の切断面を固く保護するように巻いた。
ずっとずっと、手が震えて………視界は滲んだまま。
頬を伝う水分は、頭上の木々から滴って来た雨水なのか、涙なのかもわからない。手の処置をし終えて、改めてその手を眺める。
――――この手に、私はどれだけ救われてきたのだろう。
一番最初に頭に思い出されたのは、あの時計塔での暖かな陽光が射していた日。ここにあったはずの人差し指と親指が四葉のクローバーをつまんで私に差し出した。私にはそれがとても煌めいたものに見えて、その時初めて、リヴァイさんが魔法使いみたいだって、思ったんだ。
そして……避難所で出会った私にクラバットを巻いてくれた、その指先。
私の頭をくしゃ、と乱すように優しく撫でて、時折髪を一房掬い取ってくるくると遊ばせるその指先。
紅茶のカップの淵を器用に掴む時に節が立って、色気すら感じるその指先。
私の体を知り尽くして、まるで嬌声を奏でるように肌を滑るその指先。
『愛してる』と言う度に私の顔を愛おしそうに包むその指先。
私はその手をとって、自らの頬に沿わせた。