第211章 歯車④
「――――以前ニコロさんがマーレ産のワインが美味しいと仰っていたので、それを。」
どういう顔をする?サシャの墓前で会った時の彼は、私に飲ませたいワインがある、と言っていた。
――――それは……そう義務付けられているのではないかと感じるような、そんな顔だった。
――――でも今は……。
「――――今は、マーレ産のものは切らしていて………。」
「………え?でもそこに……。」
「――――ワインなら、この島の最高級のものをご用意します。では。」
そう言ってニコロさんは、私に背を向けて足早に去って行った。――――彼の中で何かが変わったんだと、そう……思った。
そしてニコロさんの言ったとおり、他の店員さんが持って来たのはパラディ島の有名なシャトーのワイン。お父様もよく飲んでいた、見慣れたラベルだ。
それを目の前で開栓し、とぷとぷとグラスに注いでくれた。
――――ニコロさんは知ってる。
このワインに関する何かを……。
私はそう確信した。
主菜を頂いたあと、お手洗いのために席を立った。
廊下を歩いてお手洗いに向かう途中……2人連れ立った子供が、お店の奥の方へと消えて行く姿を見かけた。
「――――あれ、迷子かな……?お手洗いはそっちじゃないよ……?」
思わず追いかけていくと、地下に続く階段があって……2人はそこを降りたようだ。そっと私もその階段を降りようとした時、驚愕の会話が………聞こえた。
「――――この島にはもうじき世界中の軍隊からなる大攻勢が仕掛けられると思われます。」
「それまでどうか耐えて下さい!そしてこのことを仲間のマーレ人に伝えてください!」
――――なに、この会話は。
でもこの声は……子供の声だ。
それに答えたのは、間違いなくニコロさんの声だった。