第210章 歯車③
「そう言えばあの日、リヴァイ兵士長に私が秘密の話をしたの……覚えていますか?」
「うん。あれね、何だったんですかってリヴァイ兵士長に尋ねたんだけど……教えてくれなかった。」
あえてここでアイビーが言った『秘密の話』、それはおそらく……私に何かを今、秘密裏に伝えたいということなんだろうと受け取る。
――――賢い子だ。本当に。
「あれはね、おまじないを教えてあげたんです。」
「おまじない?」
「――――紙に書いて胸ポケットにしまっておけば、好きな人の心が手に入るおまじないの模様。」
「えぇ、それ興味あるな。教えて?どうやって書くの?」
「えっと……なにか書くもの持っています?」
「うん、これ、どうぞ。」
私がメモとペンを渡すと、アイビーはサラサラと……魔法陣のような入り組んだ模様を書き始めた。うとうとしていたのであろう看守の子がその動きに気付いたのか、ガタッと椅子から立ち上がった。
「おい!!なにしてる?!」
つかつかと歩いて来て、私たちが一緒に目線を落としていたメモを奪い取った。そして描かれた模様を見て怪訝な顔をした後、私たちにそれを返した。
「アイビー、なんだこれは。」
「恋が叶う魔法の模様です。」
「……ナナさん。ここを出る時、一応その紙はこちらで預かりますよ。」
「うん、もちろんいいよ。描き方覚えるから大丈夫。」
アイビーの機転に驚く。
人は大抵、余程疑いでもしない限り、一度確認したものを短いスパンでもう一度確認はしない。だから彼もまた……私がここを出る時の確認にしようとした。
「……彼も興味あるんじゃない?実は……恋が叶うおまじない。」
私がくすっと笑いながら看守の彼の方を振り返ると、腕を組んで恥ずかしそうに顔を背けた。
――――いい感じだ。
私とアイビーのやりとりへの疑心が、今のでだいぶ薄れた。
「ねぇ、複雑な模様だよね。書き順を教えて?」
「はい、まず……。」
アイビーは私の目をチラリと見て、そして握っていたペンから、そっと芯を引っ込めた。
そしてその紙に動きだけで、文字を記した。