第208章 歯車
「――――じゃあ私は、これで……。」
打ちひしがれるニコロさんにこれ以上なんの声をかけることもできなくて……、私はその場を離れようと一礼をして、背を向けた。すると思いがけず、ニコロさんが私を呼び止めた。
「――――ナナさん。」
「……は、い……。」
恐る恐る振り返ると、ニコロさんもまた私の方へその昏い顔を向けていた。
「近いうち、俺の働いてる店に飯、食いに来てください。」
「………!」
罵られても仕方ないと覚悟した矢先、思いがけない言葉がかけられて、私は驚いた。
「――――サシャが喜んで食べてた料理、興味ありませんか。」
「………は、はいっ……、あります……!」
「――――サシャもいつも……『ナナさんに食べさせてあげたい』って……言ってたから……。」
「…………嬉しいです……。」
「――――マーレ産の希少なワインもありますよ。……ワインはお好きですか?」
ワイン……エルヴィンと一緒に飲むことが増えるにつれて、好きになったお酒。ニコロさんが誘ってくれたことと、ワインと共に思い起こされるエルヴィンとの思い出に嬉しくなった私は、弾んだ声で返事をした。
「好きです……!ぜひ、お伺いさせてください……!」
「――――約束ですよ。」
「はい!」
ニコロさんの表情はどこか固くて……完全に私を赦しているわけではないのだろう。
……でも、私のことを知ろうと……サシャの願いを叶えようとしてくれていることが嬉しくて、私はもう一度深く深く礼をして、その場を去った。