第208章 歯車
――――その日の光景を、想像するだけで呼吸が苦しくなる。いつもと変わらない日常の中……最初に体が硬直して倒れたのは、もしかしたら……小さな子供だったかもしれない。体が小さければ小さいほど、細菌や有害物質が身体を汚染するのはもちろん早い。
硬直して意識を失った我が子を、取り乱して抱きかかえる母………そしてやがて自分も、動けなくなって……。
どんな絶望と恐怖だっただろうか。
もしそれが我が子だったら……と、想像しただけで吐き気がする。
――――なんで、なんでそんな酷いことが……できるの……?
『――――俺だってやりたくてやったわけじゃない。ただ……最も避けるべきは、俺が真のエルディア復権派だということがマーレにバレることだ。―――やらざるを得なかった。エルディア人を救うという大きなものを成し遂げるために、必要な犠牲だった。』
――――飛行船の中で何とか沈めた怒りがまた、爆発しそうになる。やらざるを得ない、それはそうなのかもしれない。代償を払わずに成し遂げられるものなどないと――――……私の愛した人もそういう人だった。
でも垣間見えるのは “別の顔” だ。
私達に提示した策とは違う何かを推し進めようとしている。
それに―――……ウドガルド城で巨人に食わせた彼らに……あの日シガンシナ区で無惨に殺した彼らに……ラガコ村の人たちに……ほんの僅かでも罪悪感を、弔いの意を、謝罪の気持ちを持っているなら………あんな顔はしないはずだ。
――――飛行船の中で私に向けた……
ゆるく笑うような――――……あんな顔は。