第208章 歯車
「――――嘘だろ、サシャ………。」
――――サシャの知り合いか……。
ああそう言えば、サシャが感涙しながら食べた料理を作った……、マーレ人の料理人と仲良くしていると言っていた。『いつかナナさんも、ニコロさんの料理を一緒に食べましょう!』って……いつもの笑顔で、言っていた。
「………ニコロ、さん……?」
私がしゃがんだまま、横に立った彼を見上げて名前を呼ぶと、彼は私に視線を移した。
「………あなたは……?」
立ち上がって姿勢を正す。
「調査兵団団長補佐のナナと申します。」
「!!あなたが……、ナナさん……。」
ニコロさんは私のことを知っているようだった。
だけどなんだろう、その表情は……一瞬の陰りを見た気がしたのは、私の気のせいだろうか。
「……サシャからニコロさんのお話は聞いていました。彼女、とっても幸せそうに話すんです。あなたの作る料理のこと……。そして、あなたのこと……。」
「――――………。」
ニコロさんは、目を見開いたまま……サシャのことを思い返しているのか、ただその色素の薄い瞳を配した目は呆然として……空虚だった。
「お会いしてみたかった……でも、こんな……機会であることが、悲しい、です……。」
ニコロさんの様子を見ていれば分かる。
サシャを愛していたんだろう。
……救えなかった。
私は無力だった。
エルヴィンはかつて私に『自責に逃げるな』と言った。
わかっているんだ、致し方なかったことだってある。――――でもやっぱり、私があの飛行船に乗ったのは……仲間の命の灯を繋ぐためにあそこにいたのに。
なにも――――……できなかったんだって思えば思うほど、ニコロさんの目を、見られなくなる。
私はぎゅっと拳を握り締めて、俯いたその唇から絞り出すように言った。