第207章 強
「もう発たれるのですか。」
「ああ。行く。」
「――――どうかご無事で。」
ナナは眉を下げて、切なそうに俺を見つめる。
その目は、 “必ず無事に帰ってきて” と、言っている。
――――クソが、誰もいなきゃその濡れた唇を食らってやるのに。――――ちっ、と舌打ちをすると、俺の思考を読んだようにナナがふふっ、と小さく笑う。
――――その笑顔が……たまらねぇんだ。
「―――おいサッシュ、向こうで点呼とっとけ。髭面も連れてな。」
「は?いやもうとった――――……って……ぁあ、はいはい、わかりましたよエロ兵長。貸しっすよ。」
「――――うるせぇ、黙って行け。」
「??」
俺とサッシュのやりとりをきょとんとした目で見つめるナナの手首を引く。
「――――えっ。」
荷馬車の上に高く積まれた食料の木箱の数々。
――――その陰に隠すように、ナナの背を荷馬車の荷台に押し付け、腕で囲う。
「……っリヴァイ、兵士ちょ……!」
ようやく意味を理解したナナは、顔を真っ赤にして俺の胸を押し返そうとするが……止められるかよ。
しばらく会えねぇんだ。
いつものように強引に片腕で細い腰を抱き寄せて柔らかい頬に右手を添えると、一瞬目を閉じてナナは、うっとりとした表情でゆっくりと瞼を開く。
人差し指でその柔らかな前髪をさらりと避けて、親指で濡れた下唇をなぞる。
――――最後の別れかもしれない別れは、もう何度も何度も経験したはずだが……毎回怖い。
お前をこうして抱けなくなるかもしれないことが。
その唇に食らいつこうとしたその時、ナナが避けるように俯いた。