第205章 開戦⑤
「――――私は、調査兵団団長補佐の―――……ナナ・オーウェンズです……!」
「あぁそうだ。それでいい。」
ナナは俺に寄りかかっていた姿勢を正し、胸に手を当てて乱れた呼吸を整えた。
「――――お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、リヴァイ兵士長。もう、大丈夫です。」
ナナの見せたその虚勢の笑顔は力強くて、あぁこいつは大丈夫だと、思った。
「――――ちっ………。」
「……なに……か?」
俺が舌打ちをしたことに気付いて、ナナが首を傾げた。
「――――いっそ唇を塞がなきゃ治まらねぇくらい乱れれば良かったものを。」
「……ふ……。」
俺の言葉に驚いた顔をしてから、ナナは眉を下げて柔く笑う。
「―――――リヴァイさんの冗談と優しさは、本当に分かりづらい。」
――――何年経っても、周りが……世界がどう変わろうとも、ナナのこの笑顔が俺の中に灯す熱情だけは変わらない。
俺がこの世で最も守りたいものは、いつでもよりしなやかに、より強く……より逞しく、より美しくなっていく。
パラディ島に帰れば、しばらくの間離れることになる。
本当は片時も放したくない。例えジークに俺が付いていたとしても……イェレナや……フロックすら怪しいと俺は踏んでる。更に言えば壁内人類の命運をかけてるともなれば……エレンの家族にも近しいナナを、兵団が利用することすらありえる。
そんな状況下にやはりこいつを置いておくことが――――……とても、怖い。
だがナナが自分で選んだ道だ。
どんな未来が待ち受けていようとも、こいつはきっと越えて行く。
そう、信じる。
「――――いい顔だ。戻るぞ、ナナ。」
「はい!」
髪をくしゃ、と撫でると、ナナはとても嬉しそうに返事をして、胸元に両手を当てて何かを祈るように一瞬目を閉じてから、俺の後に続いた。