第205章 開戦⑤
ナナのすぐ横には、何とかして命を繋ごうとあらゆる器具を使ったのだろう、血まみれの医療器具が散乱している。どれほどの出血だったのか、見ればわかる。
――――どんなに優れた医者でも、どんなに命を救いたいと願ったとしても……叶わないことはある。
――――どんなに守りたいと願っても……この手から仲間の命をいくつもいくつも……零してきた。
黙って隣に立つ俺に向けて、ナナはようやく顔を上げた。凝固した血液を溶かしながら頬を流れ落ちる涙も拭うこともせずに。
「――――リヴァイ兵士長……。」
「なんだ。」
「――――いつか、狩りに行きませんか。」
「――――狩り?」
「サシャとの約束、なんです。生き物の命を絶って、命を喰らう。――――それを私は、ちゃんと……この手で、やってみたい。多く命の上に生きていると、ちゃんと……理解したい。」
――――こういうところだ。
俺がナナに強く惹かれるのは。
どれだけの人間が死ぬのを見てきた?この戦でも……街を、人を踏みつぶした地獄絵図を見てもなお、一つ一つの命の重さを見失わない。今もまた、サシャや他の仲間……ひいては敵国の兵士や民衆、多くの人間が死に至るその様を見届けながら……その人として大切なのであろう感覚を失わずにいる。
俺はいくらでも誰でも、必要ならば躊躇わず殺せる。
エレンが暴れたあの広場で捻りつぶされた多くの命でさえも、ただの景色のように映る俺の目には、一つの命と向き合うナナはとても尊く見える。
「ああ、付き合ってやる。――――ただ……お前に殺す覚悟があるのか?」
俺の問いにナナは再び、血にまみれた自分の手に目線を落とした。そしてぎゅ、と拳を握って……俺をまた、見上げた。
「――――あります。」
「………いい度胸だ。」
ナナの髪をくしゃ、と撫でる。
そのままナナの隣に膝をついてサシャに一言、別れを告げた。
「――――見てろサシャ、俺達の行末を。――――誰もがたんまりと肉を食える……そんな世界に、してやる。」
俺の横顔を見ていたナナがまた少し俯いて、手の甲で涙を拭う仕草を見せる。その肩を抱き寄せてほんの数秒、2人寄り添ってサシャの冥福を祈った。