第205章 開戦⑤
パラディ島へはあと1時間程度で到着するとハンジが言った。――――俺は、席を立った。
「どうしたのリヴァイ?」
「――――サシャのところだ。」
「……ああ、そうだね。……行ってあげて。」
パラディ島へ到着し、島内にこのジークを踏み入れさせてしまえば……何をしでかすか分かったもんじゃねぇ。
俺はこの髭面から片時も離れられない。
今この瞬間、手足の修復を進め、且つ飛行船の中という状況ならどうやっても巨人化はできない。
この時間を最後に……サシャに別れを告げる暇すらないかもしれない。それに――――どうしても、お前のことが気がかりだった。しばらく側から離れなくてはいけなくなる。
俺がジークとイェレナに背を向けると、イェレナが小さく笑ったような声で言った。
「―――さすが、愛しすぎてるだけある。心配ですよねぇ。」
そんな挑発に乗るわけもなく、僅かな殺気を含めた目線だけを奴に投げて、俺は搭乗口への扉を開いた。
……ナナはサシャの側に座り込んで何かをしている。吐血した血液が凝固してしまったサシャの口元を、濡らした布で拭っているようだ。
「―――なにしてる。」
「………せめて、血の味が……しない、ように……。」
ナナは昏い声で答えて、俯いてただ静かにサシャの血を拭っている。遺体の血を拭う前に、お前が拭ったらどうだと言いたくなるほど全身に血を浴びている。
サシャの口元を綺麗に拭き上げたあと、床に溜まった血だまりを拭き取り始めた。
俯いて床を拭うナナの髪がその表情を隠す。
ナナの肩が震えて……、時折血だまりにぽた、と透明の滴が落ちる。
「………っ………、…………。」
――――本当は今すぐ抱きしめて……悲しみと決別できるまで……、前をまた向けるまでずっと側にいてその髪を撫でてやりたい。
だがナナが今まで学んだことを繋げて、自分で折り合いをつけて……次に進もうとしているのがわかる。
だから――――……
「話せたか、サシャと。少しは。」
「――――……っ、は、い……。」
「――――そうか。」