第199章 愛日
「――――苦しいですか?」
「――――苦しく、ない。」
「――――………。」
「むしろこの話を聞いて、私は大事なエレンの危険な行動を止めることも、大事なみんなを支えることもできずに―――……安全な壁の最奥で過ごす方が、苦しかった。――――だから、ありがとうフロックさん。」
ナナのこれは、虚勢だと分かる。
――――だがその声は強い意志に皮肉さを纏わせていて、少し笑んだような……怒りを込めたような、声だ。
――――自分が苦しむことでフロックの何かが満たされるのなら、意地でも……苦しいなんて素振りは見せねぇつもりなんだろう。精一杯の反抗の中に含まれたその皮肉な口調は……エルヴィンのそれと似ていた。
「――――………幼い我が子を捨てて……ご立派ですね。そしてぬくぬくと今度は……兵長の元で女の顔をしてるあんたには、恐れ入りますよ。」
――――フロックのその言葉に、カッとなったのは俺の方だ。今すぐこの扉を蹴破って、フロックを殴り飛ばしてやろうと思った。
――――が、聞こえたのは、ナナのぶれない言葉だった。
「――――そんな言葉で、私が傷つくとでも?」
「――――………。」
「私は私の生きる意味を全うして、自分の人生を生きる。リヴァイ兵士長の側で。」
「――――……。」
「誰に何を言われようとも、酷い母親だと言われても、そうしなければ後悔する。――――後悔しないように自分で選べと、愛してる人達がずっとそうやって導いてくれた。だから後悔しないように選んだ。あなたに娘を人質に取られたからじゃない。」
ナナが帰って来た理由。
――――こいつか……。
ナナの娘を盾に、調査兵団に戻れと……そう、脅したのか。
――――フロックはエルヴィンへ執着していた。
エルヴィンの棺の前でナナを押し倒して襲ったのは―――……エルヴィンへの嫉妬とそこから来る憎悪だ。エルヴィンの大事にしたものを壊してやりたいという腐った欲求は、まだあいつの中にくすぶり続けてる。