第196章 現実
「――――おい、それはお前の財布じゃねぇぞ。」
そのガキの手を掴むと、そこにはサシャの財布が握られていた。
「おい!!スリだ!!」
「また敵国の移民か……。」
瞬く間に通りすがりのマーレ人たちが立ち止まり、そのガキを囲んだ。
「どうやってここに来た?船に紛れ込んだか?」
「海に放り投げてやろうぜ。」
「いや右手をへし折って、その辺に吊るしておこう。見せしめになるだろう。」
――――どいつもこいつも大の大人がガキに向かって、物騒なことばかりぬかしやがる。
「そんな……!やりすぎです!私の財布は無事なんですよ?!」
思わず被害者であるサシャが庇うようにして声をかけても、全くと言っていいほどとりあってももらえない。――――どこの国でも、どんな豊かになってもこんなことは起こるんだな、と……やりきれねぇとため息が出る。
「これは嬢ちゃんの問題じゃねぇ。しっかり罰を与えて示しをつけねぇと。……何より国を追われた移民なら ”ユミルの民”かもしれねぇ。悪魔の血がその辺に紛れてちゃ、夜も眠れねぇよ。」
ユミルの民、という言葉が出ると……さらにその場の空気は一変した。このままだとこのガキへの制裁は免れないだろう。――――それを察して、ガキは怯えきった顔で震えていた。
仕方ねえ。
俺はガキを抱えてその場を立ち去った。
「―――俺はスリだとは言ってねぇ。これはこのガキの姉の財布だ。」
「っ!!あ、あぁ弟がご迷惑をおかけしましたぁああ!!」
「はぁ?!ふざけんなそんなデラタメが……!」