第194章 蜜語
「――――私は何の価値もない、大勢の中のただの一人で……、何も特別じゃなかった。圧倒的な力もなく、特別な能力もなく……なにも。でも、志だけはあった。自分は……エルディア人を救うためにここにいると。」
――――その言葉を聞いて、頭に浮かぶのは……圧倒的な力を持ったリヴァイ兵長やミカサ、頭脳を持っていたエルヴィン団長やハンジ団長、アルミン、ナナさん……、巨人化という特別な力を持ったエレン。
――――俺は何も特別じゃない。
特別じゃないのに、あの地獄で生き残ってしまった。だから俺の生きる意味は――――………。
「―――――………。」
黙った俺を、イェレナはじっと見つめてから……言った。
「フロック。君は実に堅実で実直だ。この島の人たちを守るために……私たちに舵を預けて本当に大丈夫なのか?と疑念を抱きながらも、今のこのパラディ島の置かれた立場をよく理解している。」
「――――………!」
「そんな君なら、できるんだろうと思ったんですよ。声を上げる力のない者を鼓舞することが。それはね……特別な人間にはできないんですよ。だって……特別じゃない人の気持ちが、わからないから。」
イェレナの声が、言葉が……渦を巻くように、俺の中にぬるりと、入り込んで来るようだった。
「――――私には見える。君が声なき者を率いて……エルディア人を救う大義を成し遂げる未来が。」
―――――俺は……、俺は何になりたかった?どんなふうに生きたかった?それを自分に問いながら……雑踏の中で立ち尽くしていると、バリスさんが戻って来た。
「――――フロック、すまなかった……。向こうで民間人が義勇兵に突っかかって来て……いざこざが起きていた。」
「――――へぇ、やっぱり私たちを嫌いな人もいるんですね。悲しいなぁ……。」
わざとらしくバリスさんの言葉にイェレナが悲しそうな顔で答えた。バリスさんは少し怪訝そうな顔をして、俺のほうを見た。