第194章 蜜語
「軽い怪我だが……義勇兵の一人を病院に連れて行かねばならん。お前、行けるか?」
「あ、あの………。」
「ん?」
「俺、調査兵団に来たばかりでトロスト区に詳しくなく……、もしよければこのままイェレナの見張りを俺が。」
―――――何を言っている、俺は。
「そうか、そうだな。不審な動きは?」
「いえ、なにも……。」
「そうか。では任せる。見張り役の交代は団長にもついでに俺から報告しておこう。頼むぞ。」
「はい。」
俺達のやりとりを聞いていたイェレナが、ふ、と笑った気がした。
なぜ嘘をついてまで見張りを交代したのかはわからない。ただ少し……もう少し聞いてみたかった。
彼女の言葉を。
バリスさんの背中を見送って、イェレナの方に振り返る。
「嬉しい。君と話してみたかったので。」
「慣れ合う気はない……。」
「ふふ、いいですよそれで。君とは分かり合える気がするんですよ、いつかね。――――だってフロック、昔の私を見てるみたい。探してるでしょう?自分の生きる意味を。――――存在することに価値があると思える、役割を。」
「―――………兵長や団長があんたを危険視する理由がわかるよ。」
「へぇ、そうなんですか。もっと教えて。兵長が私をどう思ってるか。」
「――――………。」
とことん底が読めない。
俺達とそこまで……歳が離れているわけでもなさそうなのに。
いつも真意の掴めない……ブルーグレーなのに真っ黒に塗りつぶされたように見えるその目。
なのになぜか、そこに俺が映ると、ほんのわずかに……何かを成せそうな気がしたんだ。