第189章 鎹
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その子を抱いて、蒼天の下……温かな日差しの中で……子守歌を歌う。庭の隅に咲いているクローバーの花を手折って、その子のまだ短いけれどつやつやとした髪と耳の隙間にそっと挿した。
「綺麗ね。」
きょとんとした瞳で私を見上げて……きゃ、と笑う。そして舌ったらずな言葉と可愛らしい声で言う。
「おあな!」
「おはな?お花が見たいの?」
私の腕の中で、クローバーの花を指さして脚をバタバタとする。歩きたいのか、お花が欲しいのか。
私はそっと地面に降ろすと、自分でその花を取りに行きたかったのか、よちよちとまだままならない足取りで歩く。まだその足取りはまったくおぼつかなくて……すぐにころん、とこけては柔らかな草の上に転がって……また、笑う。
―――――なんて、愛おしい。
「ナナ様。お嬢様も、おやつにしましょうか。」
遠くからハルの声が聞こえて、ハルはトレイを運んできてくれた。
「ありがとうハル。今日のおやつはなに?」
「お嬢様が先日、とても気に入って食べていらっしゃったので……人参のケーキにしましたわ。」
ハルが庭先に置かれたウッドテーブルに、お茶とおやつを運んで来てくれる。
そのトレイの上には、いつもの――――真っ白な封筒。リヴァイさんからの手紙だ。
「お嬢様は私が見てますので、どうぞゆっくり愛しいひとからの恋文を読まれたらいいですわ。」
「――――恋文どころかね、ほとんどが業務連絡みたいなものだよ。」
私がふふ、と笑いながら手紙の封を切ると、ハルはそれでもとても嬉しそうに私を見て微笑んだ。
「――――その業務連絡に、そんな嬉しそうな顔をされるほどリヴァイ様を想ってらっしゃるのはわかります。会いに行かなくていいんですか?数日くらい、私がお嬢様を見ていますよ?」
「――――ううん、ありがとう、いいの。」
ハルの嬉しい気遣いは有り難いけれど、今はこの子との時間を大切に生きたいから。
――――エルヴィンもリヴァイさんも、それを望んでいるから……。
でもみんなの元へ駆け出したい、本当は……私の生きる意味をみんなの側で全うしたいという思いも否めない。
それはまるでお母様から受け継いだ私の遺伝子に組み込まれているみたいだ。