第187章 海② ※
ナナは僅かに体を逸らして逃げようとするが、放すはずがない。両手を後ろで拘束するように片手で押さえて、利き手でナナが逃げられないように輪郭を捕らえる。
息継ぎの合間に顔を背けようとするその狡い女に、思い知れと囁く。
「――――貞淑ぶって逃げようとしてんじゃねぇよ。逃げるフリはいい。――――俺が欲しくて誘ってんだろう?淫乱だな、お前は相変わらず。」
ナナは一瞬目を見開いて、眉に皺を寄せたあと………切なげに目を細めた。
「――――あなたに嘘はつけないから、怖い……。」
「――――エルヴィンの目みてぇな空だな。」
「――――………。」
「見てるぞ、空から。いいのか?」
「――――いいの。だってエルヴィンがそれを望んだから。」
「――――なら遠慮なく喰らおう。」
そう言って堰を切ったようにお互いの体を抱き締め合いながら、貪り合うようにキスを交わす。
1年間会えなかった分の距離を埋めるように、唾液を混ぜ合い、唇を食み、舌を吸って……何度も何度も、海と空しかないその場所でただ2人、まるで世界に2人だけのように求め合う。
キスってのはセックスのような生殖行動ではないはずで、キスという行為自体に何も生物的な意味はないはずなのに、まるで本能が求めるようにナナの中に舌を差しこんで舌を絡め合ってひたすらに繋がる。
そしてなぜ――――……
たかがキスのひとつで、こんなに心臓が締めつけられるように苦しいのか。