第186章 海
飯を買って戻って来ると、ナナは薄暗い地下室で光る鉱石のランプの光源を頼りに本をめくっていた。簡単に飯を食って、馬に積んで来ていた簡易的な寝具を引いて寝床を確保する。
――――もちろん二人分なんてあるわけがなく、狭い布団に一緒に横になるわけだが……ナナはそれを察して、僅かに身を強張らせた。
「――――明日も朝早く発つ。寝るぞ。」
「………えっ……と…………。」
狭い部屋に狭い布団は……あの巣箱を思い起こさせるのか、ナナは気まずそうに肩をすくめて小さくなった。
以前なら、迷わず俺にすり寄ってきて……体温を重ねて、その目で穴が開くんじゃねぇかと思うほど俺を見つめては……『幸せです』と笑っていた。たまらず唇を重ねて、またそこからじゃれあい、体を繋げて想いを共有する。
が、もうそれは過去のことだ。
また知らない女になったようなナナは、短くなった髪を耳にかける。露わになった頬が少し赤らんで、困ったように目を泳がせる。
「――――そこはお前が使え。俺はそこらで寝る。」
「………!」
俺がナナの横を通り過ぎようとすると、ナナはハッとしたように俺を目で追って……遠慮がちに、俺の服の裾を少しつまんだ。
「リヴァイさんが使ってください……、ずっと私を抱えてたのに……。」
「問題ない。まともな環境で寝られねぇことには慣れてる。」
「でも………。」
「――――お前が一緒に横になるなら、俺もそうしよう。」
「…………!」
「どうする?」
――――無理を強いることはしないつもりだ。
だが確かめたい気持ちもあった。
ナナがどれほど俺に許すのか。心も、体も。
「………と……、隣で………。」
「――――あ?」
「………一緒に……眠って、ください………。」
俺の服の裾を掴んだ手に力を込めて、きゅ、と引っ張りながら……ナナは俺に目を合わさないまま、深く俯いて声を絞り出した。
小さく肩をすくめているのは、俺がもし手を出したら……拒めないけれど……受け入れることにも抵抗が否めない。そして……そんな自分を、俺が嫌うかもしれない、と怯えている。
……お前のことは、わかるんだ。嫌ほどな。