第186章 海
シガンシナ区に辿り着いたのは日が落ちてからだった。
入植が始まっておよそ半年。随分人口も戻り賑わいつつある。―――が、超大型が火の海にしやがったその町はまだまだその傷跡が色濃く残っていて、ナナは初めて目の当たりにした、かつて自分が過ごした町の変わり果てた姿に呆然と立ち尽くした。
「懐かしいか。」
「――――はい……。」
馬の手綱を引きながら、瓦礫がまだ残る街を歩く。
「まだまだ復興真っ最中の町だからな。宿なんて機能してねぇだろうし……今夜は、エレンの生家の地下室で一晩過ごす。」
「……はい。ちょうど、イェーガー先生の家の地下室は……見てみたかったので、嬉しいです。」
瓦礫に押し潰されたエレンの家。
そこは、片付ける者もいないからか……あの日のまま、まだ大きな岩が屋根から家を丸ごと押し潰している。
「――――………。」
ナナは僅かにはぁっ、と小さく、自らを落ち着かせるように胸に手を当てて息を大きく吸った。以前俺が蹴破ってガタついている地下室への扉を開けると、時を止めて俺達を待っていたかのうような不思議な空気の漂う小さな部屋があの日のまま、そこにあった。
ナナはキシ、と床を軋ませて一歩部屋に入ると、ぐるっと部屋の中を見渡した。これまでこの家で過ごした思い出やグリシャ・イェーガーという人間について、思い返しているのだろう。
そして本棚からそっと分厚い本を取り出した。
「――――しばらく見てるか。俺は晩飯でも調達してくる。」
「はい、ありがとうございます。」
1人にしてやるほうがいいかと、その部屋を離れる。地下室から外に出てふと目をやった先には、あの日命の選択をした……エルヴィンが息を引き取ったあの場所……なだらかな屋根の家屋が目に入って、それを照らす月を見上げた。
――――俺は後悔してねぇ。
そうだろ?お前も。
てめぇの思惑に乗ってやろうじゃねぇか。
「――――………。」
ずっとナナが月にあいつの面影を見ていたからか、柄にもなく俺も心の内でエルヴィンを描いた。
俺の中に思い起こされるエルヴィンは、相変わらず抜け目ねぇ、いけ好かねぇ野郎だ。