第186章 海
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――――僕は、立ち尽くした。
想像していたよりも遥かに広くて、視界全てが塩水で。
そんな光景を想像してもきちんと頭の中に描くことができなくて、それはいつもぼんやりとしていた。
それが今、僕の素足は砂に沈んで……足の指の間の砂を、流れる塩水がさらっていく。そして嗅いだことのない “海” の匂いと、足元のすぐ先に転がる石灰質のような物質でできている、不思議な形の物体。三角錐に巻き上げたような形をしていて、穴が開いている。それを見つめていると、水の流れに揺られて……まるで意志を持って僕の所へ来たかのように、僕の足にこつん、と当たった。
僕は両手でそれを大切に掬い上げた。
「ひっ。」
小さな声に振り向くと、ミカサがブーツを脱いで海に足をつけ始めた。思ったより水の流れが速いのと……足をとられたことに、驚いたんだろうと思う。照れて戸惑いながらも嬉しそうに笑うミカサを見ると、自然と僕も笑顔になる。
サシャもコニーもジャンも、ハンジさんもサッシュ分隊長も……あのアーチさんさえも、バシャバシャと初めての海にはしゃいでいる。
そんな中、何も言わず……微動だにせずに海の向こうを眺めているのは――――エレンだ。
「ほら……言っただろエレン。」
エレンは笑うどころか、振り返りもしなかった。
「商人が一生かけても取り尽くせないほどの、巨大な塩の湖があるって……。僕が言ったこと……間違ってなかっただろ?」
「あぁ………。すっげぇ広いな……。」
「うん……。ねぇ、エレンこれ見て――――」
「壁の向こうには……海があって――――、海の向こうには、自由がある。ずっとそう、信じてた……。――――でも違った。」
ようやく僕たちのほうを振り返ったエレンはとても苦しそうな顔をしていた。
「海の向こうにいるのは敵だ。何もかも親父の記憶で見たものと同じなんだ……。」
この時のエレンの表情を、僕ははっきり覚えている。この時もうエレンには……これから訪れる残酷な運命が、見えていたのかもしれない。
「……なぁ?向こうにいる敵……全部殺せば……俺達……自由になれるのか?」
――――その問に僕は、答えられなかった。