第178章 羽化
エミリーが淹れてくれた温かい紅茶は、少し蜂蜜の甘味があった。僕は僕のしたことを、エミリーに打ち明けた。
今回の薬の件だけじゃなく……過去にどれほど、汚いことをしたか……恐ろしいことをしたか。
――――けれど、どうしても……どうしても、姉さんを無理矢理犯したことだけは………言えなかった。
嫌われるのが怖かった。エミリーが『嬉しい』と言ってくれたこの唇でしたキスが、汚くて侮蔑に値するものだと……そんな風に思われるのが怖かった。
それに……エミリーが慕っている姉さんのことも嫌いになってしまうのが、怖かった。
――――だからだ、まだ僕はまっすぐにエミリーの目を見られない。きっと……いつまでも、見れないんだ。
でもエミリーは正面から、僕の手を小さな温かい両手でそっと包んでまっすぐに目を見て、ただ一言、言った。
「話してくれて、ありがとう。」
「………聞いてくれて、ありがとう………。」
「――――ロイ君がナナさんを大事に想っているって……知っていたけど……、でも思ったよりもっともっとすごかった!」
エミリーはにこっと、少し茶化すようにして笑った。
「………シスコンって馬鹿にしてるでしょ。」
「してないよ!」
「ほんとかな。」
「………うーん、でもね。」
「なに………?」
「今私に話してくれたことを、話せばいいんだよって思った。」
「―――――………。」
「ナナさん、ちゃんと聞いて……ロイ君の想いも受け取って、考えてくれる。」
「………でも頑固だから、僕の思う通りになんてしてくれないよ。」
「あ。」
「なに。」
「ロイ君、もう人を思う通りに動かそうと思わなくていいんだよ?」
「―――――………。」
「こんな扱いやすそうな私だって、ロイ君の思い通りにならなかったでしょ?」
「ほんとにね。むしろ振り回されたよね。」
「あはは!それは、とっても嬉しいし……ざまぁみろって思ってる!」
エミリーが大きく口を開けてあはは!と明るく声を上げて笑う。
――――こんなに笑う子だったのか。
ちょっと生意気なその物言いが……いつもならイラつくはずなのに、なぜかとても穏やかな気持ちになった。