第178章 羽化
「――――ハル。」
「はい?」
「とっても美味しい。」
「…………!」
「――――僕はこの料理が、好きかもしれない。」
いつも料理の感想なんて言わない僕から飛び出したその言葉に、ハルもまた涙を堪えているような表情で………笑った。
「――――嬉しい………。」
「――――時間かかるんでしょ、これ……作るの。」
「かかりますよ?5時間は煮込んでます。」
「5時間………?!えっ、もっと効率化できないの?無駄じゃない?その時間。」
「――――いいえ?」
ハルはふふっと笑った。
「材料を切る時は、ロイさまが食べやすい大きさを想像しながら。」
「――――………。」
「味をつける時は、今までロイさまがよく食べてくれたものを思い出しながら、どんな味が好きかを考えるのも楽しいです。」
「――――……。」
「そんなことをしてたら、5時間なんてあっという間ですよ。――――美味しいって、その人が笑ってくれたら、尚更ね。」
―――――僕はなんて、今まで勿体ない食事をしてきたんだろう。これからはちゃんと味わって、一つ一つの愛情をちゃんと受け取って食べようと、柄にもないことを思った。
「噛みしめて食べるよ。」
「そうしてください。」
「――――初めてできた、僕の好きな食べ物だ、これが。」
「……これからどんどん増えますよ。」
「明日の朝食はなに?」
「うふふ、何にしましょうか。卵料理なんかどうです?」
「うん、朝にたんぱく質をとるのは有効だね。」
ハルは微笑みながら……ずっと僕の側にいてくれた。
「ちゃんと帰るよ。明日から。」
「はい。」
「あと我儘ついでに、夕食を一人分増やせる?」
「――――もちろんです。」
「ありがとう。」
―――――明日こそ必ず、エミリーに会う。
そして謝って……姉さんにも……ちゃんと話をする。
……マスター、あなたの店でのあのたった2時間は、僕の心を大きく動かしたよ。
次はもっと色んな話がしたい。
僕の見つけた、秘密基地は……僕が自分と向き合うための場所だ。