第178章 羽化
「――――いいけどさ。僕ね、見つけたんだ。」
「なにを?」
「――――秘密基地。」
「えぇ!それは……楽しそうね。」
そう言えば母さんはバーなんて言ったことがないんじゃないかと思った。若くしてオーウェンズに嫁いできて、それからはずっと屋敷に閉じ込められていたと聞いた。
――――だから出て行ったんだ、と。
「………また今度、母さんも連れてくよ。」
「――――……。」
母さんは目を見開いて黙った。
「えっ嫌なの?!」
「えっ嫌じゃないわ!」
「…………。」
「…………。」
なぜかよくわからない沈黙が流れる。
――――世間知らず同士の、何を考えているかよくわからない者同士のコミュニケーションなんてこんなもんだ。
「――――嬉しくて………。」
「え?」
母さんがふいに、ぽろりと一粒の涙を流した。
なんの涙か、僕にはまだ理解ができない。
「――――こんなひどい母親を……『母さん』って……呼んで、くれて………。」
「――――………。」
「――――ロイが何に心動かされるのか、どんな場所が落ち着くのか……どんな空が好きか……どんな服が好きか……私は……なにも知らなくて………。」
「――――………。」
「知りたいのに、教えてって歩み寄る、方法も分からなくて………。」
――――似てるな、僕に。
そっくりだ、母さんは。
不器用できっと人の輪の中では生き辛い人間だ。
でも母さんは僕より幾分か大人で、僕のように大事な人に八つ当たりしたり、その愛情を試したり……そんなことはせずに……自分を律しながら生きて来たんだろうなと思う。