第178章 羽化
マスターのバーで少し考えるきっかけをもらって、僕は家に帰った。
「ただいま……。」
なんとなく気まずくて小さな声でそう呟いて重い扉を開けると、奥からパタパタと足音が聞こえた。
ハルかな。
そう思って顔を上げると……それは意外にも、母さんだった。
「ロイ……!」
母さんはあまり感情が表に出ない人だ。
いや、父さんと姉さんが出過ぎなのかな。
僕と母さんは似てる。
よく“人形みたいだ”と言われるけど、その言葉の裏の深い意味すらどうでも良いと思っていた。今よくよく考えてみると、それはきっと“何を考えているのかわからない”とか、“不気味”とか、そういった意味合いなんだろう。
でもその母さんが、その目も口元も眉にも緩やかに喜色を浮かべて、“嬉しい”という顔をしていた。
「おかえり。」
「………うん。」
「――――あら。」
「なに?」
「何か良いモノでも見つけたの?」
「え?」
母さんはまた、少女のように嬉しそうに、今度は明らかに目を細めて笑った。
その顔は――――……姉さんに似てる。
だから少しの罪悪感をまた感じつつも、何を言ってんだと首をかしげて見せた。
「――――だってなんだか、明るくて可愛い顔をしているわ。」
「………!」
僕のことなんて、わかってないだろうと心のどこかで思っていたけど……だてに母親じゃないってわけ。
わかるの?些細な心境の変化も。
それとも……僕がそれほど憑き物でも取れたような顔をしていたのかな。
「――――可愛いって言われてももう嬉しくないよ、僕成人男性だよ。」
「あらそうね、それはごめんなさい。でも……私にはずっとずっと可愛いロイなんだから仕方ないわ。」
うふふ、と笑う母は綺麗で。
つられるように、頬が緩む。