第174章 燈
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1人のうら若き、悩み多き青年を見送った私は、カウンターに置かれた空のグラスを手にとった。
「――――そっくりだったな。髪の色も、瞳の色も。」
悩みを抱えた彼がこのタイミングでこのバーに訪れたことに、不思議な因果を感じる。
ナナさんにそっくりな彼が、弟だと気付くのに時間はかからなかった。
最初は救いを求めるような顔付きで雨の中、立ち尽くしていた青年を見て………思わず声をかけたが、店内に入って、カウンターに座ったその姿に、エルヴィンの横で笑っていたナナさんの姿が重なった。よく見れば見るほど、そっくりじゃないか。
もとよりオーウェンズの長男の話は、バーに来店する貴族の話の中でもたまに聞いていたから。どれもこれも楽しい話題ではなく……むしろ聞かないほうがいいのだろう、というような内容のものばかりだったが……。
美貌と手練手腕であらゆる病院を取り込んだという噂の青年がどんな人間なのかと思っていたが、………普通の、青年だった。
ただ少し幼く、不安定で破滅的な考えを持ちそうな危うさがある。けれど彼は、自分と向き合って少しずつ、変わろうとしている。
「――――若き日の君を見ているようだよ、エルヴィン。―――――君が彼をここに、導いたのか?」
エルヴィンのためにとってあるブランデーの瓶を手にとる。
――――もう君は、ここに来ることはないのか………。
君が複雑に変化しながら味わいを増して、魅力的な人間に成長して――――……ようやく、探し続けた“共に生きる相手”を見つけたというのに。
ナナさんはどうするんだ?
泣いてるだろう。
だがそうやってまた彼女も、強く、複雑に……より魅力的になっていくんだろう。
長く生きてきて、何度も人の死を見て来た。だがどうにもやはり、慣れないものだ。
私はいつものようにエルヴィンの好むブランデーをストレートでグラスに注ぎ、いつもエルヴィンが座る席に置いた。
「――――君が寄越したのであろう彼は、私も見守るよ。安心しなさい。―――――献杯。」