第174章 燈
「正解なんてないんですよ。君が感じたもの、それが全てだ。正解がなければ間違いもない。感じたとおりに口に出して、私に聞かせてもらえないかな?」
その言葉にぽかんとして、なぜだか少し照れながら、自分の言葉で不器用に感想を述べた。
「この赤ワインは……とても、みずみずしくて、まっすぐで……葡萄の甘さがとても心地良くて……。」
「なるほど。」
「こっちの白ワインは……なんて言うか……ちょっとひねくれてる。」
「ひねくれてる?」
「そう、純粋に“好ましい味”ばっかりを集めた味じゃなくて……渋かったり、ちょっとくせがあるかんじ……かな……、あ、こんな表現って失礼にあたりますか?」
「いいや、とても素敵な表現だよ。君はどちらが好きでしたか?」
マスターの問に、悩んだ。けれど、僕はひねくれてると表現した白ワインを選んだ。
「こっち、かな。僕に似てる。」
その言葉を聞いてマスターは嬉しそうに微笑んで俯いた。
「……では初めて君に作るカクテルは、このひねくれた白ワインを使ったものを。私からプレゼントしましょう。」
「……いいんですか?………嬉しい……!」
マスターは優しく笑って、“僕のために”そのカクテルを作ってくれた。
僕はその手元を食い入るように見つめていた。ただ液体を注いでるだけなのに、無駄がなくて魅せる手さばきと……この老紳士の振る舞いには言い表せない大人の色気があって……こんな大人になれたらいいな、なんて憧れを込めて、カクテルが生み出されるまでをずっと、見ていた。
シェイカーと言うのか?シャカシャカと音を立ててお酒を混ぜるのも、初めて見た。きゅきゅ、とシェイカーの蓋が開いて、華奢なグラスにとくとくと白い液体が注がれる。
「わぁ………。」
そこにミントを乗せて深い紺色のガラス玉のピックを添えて、マスターが無駄のない所作でカウンターに、僕の為に作ってくれたカクテルを差し出した。