第174章 燈
「――――君は……未成年かな?」
老紳士は笑顔でもない、でも柔らかい表情で僕に問いかけた。
「………いえ……一応大人、です。」
「そうですか。それならちょうどランプを灯したところで、今から開けるところです。一杯いかがですか?」
その言葉と、彼の整った身なりにギャルソンエプロンから、そこがバーなのだとやっと気付いた。
「あ……僕、お酒はあんまり詳しくなくて……。」
「詳しくなくていいんですよ。むしろ今から色んな酒に触れて、自分の好みを知るといい。自分の好みを知るのは……“自分”を知ることに繋がる。」
「――――………。」
その言葉に、ドキ、とした。
僕はなに。
僕は誰。
僕はなぜこんなに自分を好きになれない?
自分を信じきれない?
――――誰も、信じきれない……?
最愛だと思っていた姉さんすらも………。
慕ったはずの、義兄さんすらも………。
自分を知れば、変われるのか。
そんな僅かな光にすがるような思いで、一歩、踏み出した。
マスターなのであろうその老紳士の後について、まるで王都の喧騒から逃れるように数段の階段を降りた先に、黒塗りの重厚な扉がある。
ぎぃ、と古めかしい音を立てて、その異次元のような空間への扉が、開いた。
「――――いらっしゃい、どうぞごゆっくり。」