第174章 燈
――――もう何日も、家にも研究所にも帰ってない。
ホテルを転々としては、色んな事を考えてイライラして……また放浪して、の繰り返しだ。
あんまり研究所を空けると兵団から探りが入りそうな気がするから、帰ったほうがいいんだろう……それに、姉さんも来る予定だったのに会えないまま……いや違う。会えないじゃない、会いたくなかったんだ。
またあの僕とは違う透き通った深い蒼の瞳で僕を見つめて、僕の汚いところまで見透かしてしまう気がしたから。そして……今度こそ僕のことを、嫌いになってしまいそうだから。
それに、ウサギみたいな黒目がちな大きな目で、あの純粋な好意を向けて来るエミリーにも、会いたくなかった。
薬を取りに行った時になんらかの理由で、感付いたんだろう。僕がついている嘘に。正論をまっすぐに、綺麗にぶつけられた僕は、それを疎ましいと思った。
――――綺麗な人間の側にいると、苦しい。
「――――帰れない……帰りたく、ない……。」
夕方と夜の境目の時間。でもそこに美しい夕焼けはない。雨の降りしきる曇天は、僕の心を表しているみたいだ。傘を打つ雨粒の音を聞きながらぼんやりと王都の外れを歩いていると、石畳の大通りの脇の街灯が一つ、一つと灯り始めた。
まるで僕の行先を示しているみたいに見えて、誘われるようにその街灯の灯る方へ歩いていく。
ふと足を止めたのは、細い路地の入口。
王都は僕にとっては庭のようなものなのに、その路地はまるで異次元に続く道のように不思議で、僕は足を止めた。
その時、ぼぉっと、ある一軒の軒先に吊るされたシックで趣味の良い古びたランプに火が灯った。そのランプに火を灯した、品のある白髪をピシッとまとめた、艶やかな黒の蝶ネクタイにタイトなベストがとても似合う老紳士。
その人がランプに触れるその所作だけで、そのランプもその店も長年大事にして来たのであろうことがわかる。
ああこの人も、綺麗な人間だ。
――――そんなことを思いながら、僕はそこに立ち尽くしていた。