第170章 不遣雨
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「―――――え………?」
ナナが呆然と、御者に聞き返した。
「いや、だからね……!この大雨で、帰路で通るはずの橋の一部が流されちまったんでさぁ!!復旧を待ってちゃそれこそ何日も足止めだ。迂回するつもりでいますが、それでもどう頑張ったって今日中の帰着は諦めてもらえませんかね。」
ボルツマンの病院を出て馬車に乗り込んで、トロスト区の兵舎へと帰路についた。
大雨だった雨足も若干弱まり、多少遅れるものの、問題なく今日中の帰着は可能だろうと思っていた。
ウォール・シーナを出るまでは。
ウォール・シーナを出て山間部のぬかるんだ道を、なんとか走っていたところまでは良かった。この壁の中ではでかい規模の川がある。その川が増水、一部で氾濫。主とされていた橋の一端が流され、通行止めになったという。
「え、困ります……!」
「困るったって、向こう岸に行くには迂回しかねぇんですよ、仕方ないじゃないですか!」
いつもなら物分かりがいいはずのナナが、焦ったように御者に食ってかかったが、当たり前に仕方ないだろうと返されて肩を落とした。
「――――ナナ、どうもできねぇこともあるだろ。おい、構わない。安全でなるべく早く帰れるルートの情報は集められそうか。」
「はい、それはお任せください!」
「頼んだ。」
御者は傘をさして、おそらく情報を集めに行った。
馬車に残された俺達は、ただ静かに、時が流れるのを待った。――――迂回するとしたら一本上流の橋への迂回だろうな。――――確か小さいが街があったはずだ。そこで宿をとるほうが懸命だな。
どうせ夜通し走ったところで、この道の悪さではあまり効率的でもない。
暗さで気付かず、ぬかるみに車輪を取られるような余計な危険もある。