第170章 不遣雨
「気休めにしかならんかもしれんが、ビタミンAの含有量が多い薬を処方した。飲んでみるか?効果がある、とは言い切れんが。試してみる価値はある。人体実験みたいになってしまうがな。」
「飲みます……!」
「そう言うと思った。」
ボルツマンさんは錠剤が入った紙袋を私に手渡した。私は中を覗き込んで、首を傾げる。
「……………?」
「なんだ?」
「少なくないですか?もうちょっと沢山持って帰りた――――……。」
「たくさん渡したらお前はまた診察に来なくなるだろう。」
「う…………。」
「飲み続けたければちゃんと来い。自分で処方箋を書いてトロスト区で受け取ろうなんてしても無駄だぞ?珍しい薬だ。王都以外には滅多に流れない。」
「……………。」
私はちらっとリヴァイさんのほうを振り返った。
「あ?なんだよ。」
「………いえ。厳しくしてもらえるのって、嬉しい……ことなんだなって。」
ボルツマンさんから渡された薬の袋をぎゅっと抱きしめて、ふふ、と笑う。
そんな私を見て、ボルツマンさんはどこか僅かに安心したようにふっと息を吐いて、その大きな手で私の頭をぽんぽんと、撫でてくれた。
「ありがとうございます。ちゃんと定期診察に来て、ちゃんと経過報告しますね。」
「ああ、いい兆候が見られたら、いずれ論文にまとめるための資料として記録しておいてくれてもいいんだぞ?」
「………それ、ボルツマンさんのお手柄にするつもりですね?」
「……………。」
珍しくボルツマンさんが目を逸らして泳がせた。ちゃっかりしているんだ、この人は。
「ふふ、いいですよ。せめてもの恩返しです。」
私が笑うと、また優しく、目元の皺を深く刻んで―――――ボルツマンさんも、笑った。
「恩返しと言うなら、そんなものより何より………お前が一日でも長く生きていることだ。」
まるでお父様みたいな顔で、愛情に溢れた顔をするから………私は思わず、ボルツマンさんにぎゅっと甘えるように抱きついた。
「――――気を付けて帰れよ。」
「うん。平気。リヴァイさんがいてくれるから。」
こうして、まだ雨の止む気配のない昏い空の下、でも僅かな希望が詰まった薬を抱いて、私たちは帰路についた。