第170章 不遣雨
その長い睫毛が伏せられた横顔を、私はどんな顔で見ていたんだろう。ちらりとこちらに悪戯に視線を向けて、彼は――――ふっと笑った。
「好きだ。」
「――――………っ……それは、良かった、です………。」
やめて、これ以上私を乱さないで。
どうすることもできなくて顔を背ける。
「――――これにしよう。お前はどうする?」
「私は……今日は……なにも………。」
「そうか。なら、会計をしてくる。待ってろ。」
「――――……。」
私はただぼんやりと、窓の外の激しい雨を見ていた。
いつも、いつもそうだ。
自分を律せない、保てない。
こんなことで動揺する自分が嫌だ。
エルヴィンへの愛情を、重ねて来た時間をないがしろにしたくない。ずっと鮮明に私の中に描き続けたい。そうでなきゃ、いけない。
私はエルヴィンに一生繋がれる覚悟で、この翼の鎖を繋いだんだから。
そっと胸元のネックレスに触れる。
「――――あぁそうだ、マスターの……ところは……また、今度にしよう……。」
バーだから、夜にしか開くわけがなくて。かといって、今晩も王都に滞在するなんて身も心ももたない。
早く帰らなきゃ、早く兵舎に帰って、早く背中に自由の翼を背負うの。――――早く “兵士長” と “兵士” に、戻らなきゃ………。
リヴァイさんが会計を済ませて、戻って来た。
「ありがとうございました、ぜひまたお越しください。2人でね。」
「ああ。」
「は、い………。」
「ナナ、行くぞ。」
先に店を出て傘を広げたリヴァイさんに付いて行こうと扉に手をかけた私に、おばさんが小さく耳打ちをした。
「2人が一緒に来てくれて、嬉しかったわ。」
「おばさん……。」
違うの、そういう関係じゃなくて、私には一生を誓った人が別にいて――――……そう、言う暇もなくおばさんは本当に嬉しそうに、ガラス越しのリヴァイさんの背中を眺めていた。