第169章 涙雨
しばらくして紅茶を飲み終えて、ナナが窓の外を見る。
「――――茶葉のお店、行きたい、けど……。」
「――――行けばいいだろうが。」
「え、あのお店までは路地が狭いから馬車では行けないし……ここから歩くことになります。濡れますよ?」
「あ?それがなんだ。」
「リヴァイさん、雨嫌いでしょう?濡れるのも。」
「――――別に好きじゃねぇが、だからと言って予定を覆すほどのもんでもねぇ。――――お前が嫌なら行かなくてもいいが、好きにしろよ。」
「行くなら傘を貸すわよ?――――一本しかないけど。」
ナナの母親はにこにこと、底の読めない笑顔で微笑んでいる。ナナは僅かに目線をきょろきょろと落ち着かずに動かしてから、小さく呟いた。
「――――……や、やっぱりまたにしましょうか……。」
「行く。」
「えっ。」
「行くぞ。」
「ええっ。ちょっ……」
ナナの手をしっかり握って、席を立った。
「傘はどうぞそこの入り口のを使ってねぇ。」
ナナの母親はあらあら、いいわねぇという顔で俺達を眺めつつ、送り出した。
降りしきる雨の中傘を開いて、病院の軒先から一歩踏み出せずにいるナナに手を伸ばす。
「――――来い。」
「………っ、でも……。」
「でもじゃねぇ。――――選んでもらうぞ、今度こそ。」
俺の言葉にぴくっと反応してまた、目を逸らした。
「――――人づてじゃなく、お前に選んで欲しい。俺の好きそうな茶葉を。お前の好みは悪くない。」
「…………!」
続けた言葉に、安堵しきったように顔を上げた。
『あはは、なんだぁ、そっちか……よかった』とでも言いたそうに吹き出した笑顔は俺のよく知る少女の面影を残したナナで――――……
そのナナは………
俺のナナは………
眩しいほどの笑顔で、何も恐れずに病院の軒下から一歩、水たまりをものともせずにその足を踏み出して俺の手を掴んだ。
そんな好機を逃す気はない。