第169章 涙雨
「数日前にエミリーがロイのお使いで製薬会社から複数の薬を買っていて……、横で聞いていたの。研究で使うには一種類だけ数が多いなと思ってエミリーと話したら……ナナの話が出てきてそれで……エミリーはまっすぐでいい子だからね……ロイに何か忠告したのかもしれない。」
「――――………。」
「次の日エミリーが泣きながらやって来てね。『ロイ君が、どこかに行ってしまった。ごめんなさい。』って………。それから研究所も閉まったままだし、どうしたら……いいのか……。」
あの悲惨な奪還作戦の中でも動揺しなかった、ナナよりも更にいい度胸をしているこの母親が珍しく動揺していた。
――――が、ナナはふっと小さく笑い飛ばした。
「――――心配ないよ。ロイももう20歳の成人男性だよ?自分のことはなんとかする。自分の気持ちを整理しているだけだよ。自分に意見を言うはずないと思ってたエミリーに叱られて、ちょっと……落ち込んだだけだよきっと。」
それは適当に言っている言葉でも、楽観視しすぎた言葉でもない。
「――――ロイは大丈夫。自分で自分と向き合うのに、まだ時間が必要なだけ。自分でやろうとしてる。だから――――……次に来た時に、話せたらいいや。それでね、いっぱい褒めてあげなきゃ。」
ふふ、と柔らかく笑いつつも、心から弟のことを強く信じていることがわかるそんな強い眼差しが、美しいと………思った。
「――――ナナ……。――――そうね、ロイを誰よりも側で見て来て、辛い事も乗り越えて来たあなたが言うなら、そうなんでしょう。……わかった。私ももっと、信じなきゃいけなかったわね。ロイのこと………。」
娘を誇らしいという目で見てから、自分の行いはまた未熟だった、とでも言う反省の色を含んだ表情のまま、ナナの母親は俯いた。