第169章 涙雨
「知らなかった。お前は雷が怖いのか。」
ナナはホッとした顔で振り返って、ようやく俺の目を見た。
「………は、い………。」
「――――そうか。」
俺は自分の座っていたソファに戻り、カップに口をつける。
「――――ありがとう……ございます。」
「――――何もしてない。うるせぇからカーテンを引いただけだ。」
「………ふふ………。」
ナナがようやく、ふにゃ、と眉を下げて少し、笑った。
――――ああ、俺の知ってるナナだ。
「――――今夜は続くぞ、この雷雨は。」
「………はい……。」
「――――雷が怖いならきっと眠れねぇよな?」
ナナは一瞬目を見開いて、少し眉を寄せて困った顔をしてから――――……やけに大人びた笑みを見せて、俺から目線を外した。
「――――今日は……移動が長かったので……。」
「あ?」
「――――きっと雷が鳴ってても、ぐっすり眠ってしまいそうです。」
「――――そうかよ。」
その口調はやはりエルヴィンに似ていて僅かに苛立つ。
――――だが同時に、そんな大人びた嘘もつけるようになったのかと驚く。今の反応を見る限り、お前はまた一人部屋のベッドで身体を丸めて、震えて……耐えるんだろう。
決して上手な嘘じゃねぇが……
『上手に嘘がつけたら良かった』と泣いていたあの頃のお前は………もう、いないのか。
少女だったナナの成長と変化を感じる。
それは嬉しくもあり、
だが確かに喪失感もあって……
とても言い表せないほど―――――……
複雑だった。