第169章 涙雨
紅茶をカップに淹れようとかがんだ時に僅かにチラつく白い胸元と、エルヴィンの贈ったネックレス。
それを隠すようにかかる白銀の髪。
その髪を少し手でかき上げ耳にかけると………上気した頬が、露わになる。
――――気付かなかった、いや……俺が気付きたくなかっただけか。
俺の手を離れた数年で……ナナはまるで知らない女のように………更に俺を惑わすような女に、なっていた。
――――と、その時、窓の外がカッと光ったと思った瞬間、落雷の轟音が響いた。
「――――きゃっ……!」
瞬間的にビクッと肩をすくめて震わせて、目を固く閉じて耳を塞ぐ仕草。
小さく震えながらゆっくりと持ち上がる銀糸の睫毛が、水分を含んで雷光を散らすように小さく光る。
――――――――誰だ、この女は………。
そこに少女の頃の……エイルの面影は見つけられない。
―――――だが俺は確かに目を奪われていた。
エルヴィンが愛した………
エルヴィンが染め上げて創り上げた………
目の前のその女に。
「―――――――………。」
また窓の外が光る。
光の後に来るであろう轟音にまた怯えるように、その震える身体を小さく丸める。
―――――言えよ、『助けて』と。
その体を抱いて、耳も目も全て塞いで、俺しか感じられなくしてやる。
―――――求めろよ、俺を。
―――――エルヴィンは……もうこの世にいないのに。
俺が立ち上がると、雷に怯えるのと同じようにナナは小さく反応した。
ナナの横を通り過ぎてナナが座るソファの後ろにまわり、大きな窓に高い天井から吊るされたカーテンを引く。
分厚く重厚なカーテンは、多少なりともその光と音を、遮ってくれるだろう。